何だか内閣構成員の発言を巡っていろいろ騒がしいわけですが、何かちょっとピンと来ないものもあったり。
まずは暴力装置という言葉。テレビをつけたらいきなり何の前置きもなくこの発言のシーンに出くわしたのですが、直感的には別に何とも。ただ、騒ぎになることも容易に想像できたわけで。この「暴力装置」という言葉がウェーバーによるものだとか、そういう話も見聞きしてはいますが、原典にあたっているわけでもないので何とも。
ただ、この言葉自体は間違っていないように思うわけで。というのも、一般市民に武器の携行が認められていない日本で考えてみて、警察や自衛隊は、程度の差こそあれ武装している。「暴力」という言葉がキツいという感はあるものの、これらは日本の中で特別な武装集団であり、これらが統制されていないと国家としての体をなさない。
「暴力」という言葉については先日Wikipediaで読んでみたが、その後、この「暴力装置」という言葉のあたりがしきりに改訂されている。まあ、見解がいろいろあるんだろう。ただ、「暴力装置」をググっている中で自民党の石破茂氏の発言記事が目に入った。
「国家の定義というのは、警察と軍隊という暴力装置を合法的に所有するというのが国家の1つの定義のはずなので、ところが、それがなくなってしまうと、武力を統制する主体がなくなってしまってああいうことが起こるのだと。そしてまた、テロは貧困と圧政によって起こるというのは、それはうそで、貧困と圧政の見本みたいな国が近くにありますが、そこでテロがしょっちゅう起こっているという話はあんまり聞いたこともない。そこでテロは起こらない。」
石破氏の発言は、自衛隊そのものに対するものではなく、一般論として述べているわけだが、この見解には私も同意する。その上で、自衛隊が暴力装置と述べたら、そんなに問題なんだろうか。自衛隊員の士気に悪影響があるんだろうか。日本の政治統制の下で適切に管理され、そして社会に認められた暴力装置として自衛隊が存在している、ということがいけないのだろうか。自衛隊は災害救助のためだけにあるわけではないのに。委員会室で大声を上げている自民党の国会議員の方々には、もう少し沸点を高めて頂きたいし、訂正してしまった仙石氏も説明力不足。
ちなみにこの「暴力装置」という言葉のニュアンスは、海上保安官によるビデオ流出の時にも頭をよぎっていた。仙石氏もそのことが頭にあったんじゃないかと思ったりする。
今回ビデオを流出させたのは、そこら辺の普通の公務員ではなく、海上保安官、つまり武装集団の構成員。このことに大いに問題を感じる。今回の発言を受けて言えば、「暴力装置」の中から統制のとれていない者が出た、ということ。仙石氏に指摘すべきは、暴力装置を適切に統制できていないとなると、国家として成り立っていないことになるよ、ということだと思うんですが。
そういえば法務大臣の発言の方がもっと深刻な結果になりそうですね。
2つの回答で済ませられるなんて国会軽視だと指摘して、それらの発言回数まで紹介していましたが、ただ、じゃあこれまでの法務大臣は同じような発言をどれだけしてたのかな?それ自体仕方のない面もあるわけで、2ch風に言えば「ネタにまじレスカコ悪い」といった感もありつつ。
むしろ、記録されるような場所で燃料を投下してしまうこと自体がダメなんじゃないのかな? そして、野党ももう少し真正面から問題に取り組んで欲しい。事業仕分けにしても、はあ?な人をメンバーに入れたようだし、不思議なことをやっている。プチーンと瞬間湯沸かし器のように切れるようなネタではなく、本質的な問題を突っ込むべきで、随分と小物の政党になったもんだと思うわけです。